中国古玉

中国では、玉は古くより大変貴ばれてきました。新石器時代をはじまり現在に至るまで、絶えることなく人々を魅了しています。現存最古の字書である「説文解字」には、玉は「石の美にして五徳あるもの」とされ「仁、義、智、勇、潔」を持つとして説明されており、単なる鉱物としての魅力ではなく、敬意が込められた特別な存在として扱っています。 その種類は一般に軟石と硬石に分けられます。軟石は、角閃石の一種とされ、ネフライトとも呼ばれています。中国においては古く新石器時代から採掘され玉として加工されていました。硬石と比較して硬度がわずかに低く、柔らかな黄緑色をした半透明の玉質が特徴です。これに対し、硬石はジェダイド、ヒスイ輝石とも呼ばれ、18世紀清朝の時代になってミャンマーから輸入されるようになり、工芸品として発達していきました。緑、淡緑、白色を呈し磨くと光沢が出ます。 尚、ここで扱う古玉とは新石器時代から漢時代にかけてつくられた玉石のことを示します。

「和氏の壁 」(かしのへき)
戦国時代、趙の恵文王は天下に名高き「和氏の璧」を持っていました。秦の昭襄王(始皇帝の祖父)はこの璧を十五の城と交換することを申し出、趙は当時強国であった秦の提案を断ることができませんでした。趙の使者として藺相如が選ばれ、秦都咸陽で王と謁見することになります。しかし秦の昭襄王は璧を手にすると城のことは意にかえさなかったため、藺相如は「小さな傷があることをお教えしましょう」と近寄り、璧を取り返して、自らの命とともに壊してしまおうとします。秦王はあまりの惜しさに彼と壁を一度解放してしまい、そのため壁は無事趙へと戻されることになりました。 藺相如が趙を出発する際「城を手に入れることができなければ、この璧を完うして戻ります」と言ったため「完璧」の語源になったとされます。 尚、和氏の壁は「韓非子」「史記」「十八史略」などにも登場し、現在は行方不明と言われています。

玉の産地
新疆ウイグル自治区の西南に位置するホータン(和田)とされ、崑崙山脈の密爾岱山、南山の諸山やそれらの山峡から流れる川、ことに玉龍哈什河から良質の玉が産出すると伝えられています。殷墟の玉もホータンから運ばれたものと推察されますが、今以ってその場所を特定されていません。漢時代になって西方に伸びた勢力がなんらかの影響を及ぼしていることは確実と思われます。 尚、現在もホータンでは軟玉が採られています。

時代による変遷
新石器時代の紀元前6000~4000年ごろに現れた玉器は比較的小型で、穿穴の痕はみられるもの、文様は刻まれていません。そののちの紅山・良渚文化に入ると、器形は複雑化・大型化し、文様もさまざまな表現が施されるようになります。金属の工具も持たないこの時代に、これほどまでに優れた加工技術を確立できた背景には、権力を手にする人物が現れるなど社会の階層化が生まれたことにあると考えられています。 殷・周の時代になると、青銅器が道具として用いられることで、陽刻から陰刻へと文様の製作方法が移り変わっていきます。また装飾として使われることも多くなったため、鳥や牛、兎など具象的なかたちがあらわれ、玉器のサイズは徐々に小さくなっていきました。 漢代には、玉石が黄金以上の価値を持つものとして確立され、王らの身の回りにおいて多くの 装飾具や器物がつくられるようになります。この時代の特徴的な玉石の使用として、玉衣、含玉(蝉)、握玉(豚)があり、死後、玉を纏わせることで遺体が腐らないと考えられていました。 南北朝以後は政治的な混乱により、玉石の製作は衰退するようになり、また良質な玉石を得ることが難しくなっていきました。その後、明・清にかけて硬玉が使われるようになるまで玉石による作品はあまり見られなくなります。

コレクション
日本における玉石のコレクションは、青銅器や陶磁器に比べとても限定的であり、東京国立博物館や出光美術館、黒川古文化研究所など限られた場所に収蔵されている程度です。欧米では古くからその存在が知られており、大英博物館をはじめとして多くの著名なコレクションが現在も公開されています。

参考文献
(中文)
故宮古玉圖録 国立故宮博物院 1988
(英文)
Jade, Berthold Laufer, 1912
Jades Archaiques de Chine appartemant a C.T.Loo, Paul Pelliot, 1925
Archaic Chinese Jade, Laufer, 1927
Caved Jade of Ancient China, Alfred Salmony, 1937
Chinese Archaic Jades in the British Museum, Soame Jenyns, 1952
Chinese Archaic Jades, C.T.Loo, 1950
Ancient Chinese Jade from the Grenville L.Winthrop Collection, Max Loehr, 1975 Chinese Jade from the Neolithic to the Qing, Jessica Rawson,1995
(和文)
桑名文星堂 支那古玉図録 梅原末治 1955
日本経済新聞社 殷周青銅器と玉 水野清一 1968
吉川弘文館 中国古玉の研究 林巳奈夫 1991
吉川弘文館 中国古玉器総説 林巳奈夫 1999

収蔵美術館
東京国立博物館
出光美術館
黒川古文化研究所
Field Museum (Chicago, U.S.A)
Fogg Art Museum (Cambridge, U.S.A)
Freer + Sackler gallerys (Washington, D.C. U.S.A)
Metropolitan Museum of Art (New York, U.S.A)
大英美術館(London, U.K.)
ギメ美術館(Paris, FRANCE)

 

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玉〈エン〉 新石器時代

玉鳥 殷末

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